セレンギンスキー要塞

内容


セレンギンスキー要塞

1. テーマ

SIGHTSEEING & FIRST SIGHT

EHTNOS & LOCAL MINORITIES

BORDERLINE TRIPS

GASTRONOMY

2. 地域、ツアールート

ウラン・ウデ市‐イウォルギンスク村‐グシノオジョールスク市‐ノヴォセレンギンスク村

3. 設定期間

年中

4. ツアータイプ

Easy, comfortable

5. 宿泊タイプ

ホテル

6. 旅行日数

1

7. 人数

制限なし

8. 予約条件

旅行開始日の5‐7日前

 

朝はブリャート共和国の首都ウラン・ウデから35キロ離れたイヴォルギンスク村に向かい、チベット仏教の総本山「イウォルギンスキー・タツァン」を訪問します。

 

ダツァンに向かう途中、ガイドはブリヤート共和国とその首都ウラン・ウデの歴史と現在、ブリャートの名所、伝統と習慣について説明します。イウォルギンスキー・タツァンは、ロシアにおける仏教の中心地であり、ブリャートの精神的首都になっています。 ダツァンの境内には、仏教寺院、教育施設、図書館、博物館、神聖な仏塔「スブルガン」が位置しています。 

 

続きまして、ヤンガジンスカヤ谷に向かい(15km)、ミネラルウォータが湧き出る「ウタ・ブラーグ」泉を見学します。

 

ウタ・ブラーグ」とは「長い泉」という意味です。

1764年、セレンガ川沿いに住むブリャート人の長老はのロシア政府に対して請願書を出し、国境を守る警備隊を構成する許可を求めました。それで、600人の国境警備連隊が4つ設けられました。ヤンガジンスキー村のコサックは、1899年の中露戦争、1904-1905年の日露戦争、および1914年の第一次世界大戦に参加しました。

12代目パンディト・ハンボ・ラマ、ダシ・ドルジョ・イチゲロフの博物館を見学。

 

ランチタイムまでに、グシノオジョールスク市(50km)に到着。

昼食(市内のカフェーで、ブリャート料理)

昼食後、ノボシエレンギンスク村にあるデカブリスト博物館を見学。

ノボシエレンギンスク村の名所を回り、デカブリストの記念コンプレックスとセレンギンスキー要塞の展望台を訪れます。

 

セレンギンスキー要塞は1665年、セレンガ川の右岸に設立されました。ロシアとモンゴルの国境警備拠点として設けられた要塞は長い間、行政、文化およびロシアとモンゴル、中国との貿易の中心地として役割を果たしました。要塞の周りに住んでいた人々は耕作、家畜を営み、塩を採り、猟や魚釣りをしながら生活していました。セレンギンスキー要塞にはもう一つ大事な意義がありました。要塞は茶馬古道沿いに位置したため、積み替えと分配が行われる流通センターの役割も果たしました。

 

1796年に構成されたセレンギンスク歩兵連隊は、1812年のナポレオンとの戦争を初めいくつかの戦争に参加しました。兵士たちは勇敢に戦い、連隊の栄光は世代を超えて伝えられて行きます。モスクワのクレムリン宮殿の壁には、ロシア軍の最高の連隊545名の名前とともに、セレンギンスキー歩兵連隊の名前が刻まれています。

 

ノボショレンギンスクからウラン・ウデに戻る途中、ロシア仏教の最も有名な聖地の一つである「タリン・ハルガナ」を訪れます。

夜遅く、ウラン・ウデに戻ります。

 


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